お金の流れを正確に把握するための帳簿記入ですが、簿記がどの国でいつ始まったのかは、簿記を勉強している人でも知らない人が多いと思います。
実は簿記は長い歴史を持っており、その普遍的な考えは今でも深く根付いているのです。
今回はその簿記の歴史について探っていきます。
簿記の概念はどこから?

簿記の起源はメソポタミアの古代バビロニア人だとされており、起源前2000年~1700年のハンムラビ法典に痕跡があります。
古代ギリシャでは既に貨幣が誕生しており、物々交換ではなく「貨幣」と「モノ」の出し入れを記入するために「簿記」が発明されました。
現在の会計で使用される複式簿記の「貸方」「借方」という概念はまだなく、一つの勘定科目に絞って計算して記載するいたってシンプルな「単式簿記」でした。
紀元前2,000~紀元前1,700年頃ということは簿記は4,000年以上もの歴史をもっていると考えられます。
複式簿記はイタリアが発祥

現在の複式簿記は中世イタリアから始まった説が有力とされています。13 世紀~15 世紀イタリアでは地中海の交易で儲けていまいた。
交易は繋がりの薄い人間同士が結成した組合であったため、航海をするたびに資本を調達し利益を分配する方式を取っていました。
このころは口約束なんてご法度で「記録」という文化が根付いており、日々の取引を記録して利益を正確に分配しなければならなかったのです。そこで生まれたのが「貸方」と「借方」という概念のある「複式簿記」といわれています。
やがて中世イタリアの航海でつけていた簿記がやがてイタリア内陸にも伝わり、商売人が帳簿を付けるようになったのです。
ルカ・パチョーリにより複式簿記を記した「スムマ大全」
世界に現存する「簿記」について記された最古の印刷本はルカ・パチョーリが1494年に出版された彼の著書「算術,幾何,比及び比例全 (スムマ大全)」です。
ルカ・パチョーリは数学者であり修道院でレオナルドダヴィンチとも親交が会ったことで知られています。現在では「近代会計学の父」と呼ばれています。
もともとはイタリアの商売人がヴェネツィア式簿記・フィレンツェ式簿記など各々のルールで帳簿を記帳していました。この異なる「簿記」をひとつにまとめ上げたのが「スムマ大全」になります。
スムマ大全には26ページにわたり、会計記録が把握できる日記帳、財産目録の作成方法、借方と貸方の仕訳の原理と処理方法、決算項目までが載っており、簿記を体系化させて紹介しています。
ルカ・パチョーリの功績は、その後の複式簿記の伝搬に大きな影響を与えたといっても過言ではありません。
日本に複式簿記を伝えたのは福沢諭吉『帳合之法(ちょうあいのほう)』
日本に複式簿記が持ち入れられたのは鎖国が解かれた明治維新になります。
あの福沢諭吉が1873年に出版した『帳合之法(ちょうあいのほう)』により西洋の複式簿記が一気に日本に広まりました。
日本に伝搬するのは遅かったのです。
江戸時代から複式簿記が存在していた?

江戸時代は幕府の鎖国政策をしていたためか、日本独自で発達した複式簿記の会計帳簿が存在しています。
商人たちが活躍した江戸時代ではすでに複式簿記に近い帳簿技術が発達していたようです。
「大福帳」や「算用帳」などといわれる会計帳簿が商人達の間では存在していました。
まだこのころは会計帳簿の付け方は商家ごとの「秘伝」の帳簿技術となっていたようです。
まとめ
簿記は長い歴史があります。歴史を知り簿記に対して少しでも愛着を持っていただけたら幸いです。
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